肉じゃがにフライドポテト、ポテトサラダ、コロッケ、じゃがバター、みそ汁にいれてもよし・・
保存もきいて、あると重宝な万能お助け食材じゃかいも。
じゃがいもは主婦の献立を救っただけではなく、さまざまな人々を救ってきた歴史があるんだよ!
この記事では、そんな救いのヒーローじゃがいもの栄養や現代につながる歴史をみていきましょう。
目次
じゃがいもの栄養パワー
私たちにも身近な存在なじゃがいもは、米・麦・トウモロコシとならぶ世界4大作物。100を超える国で栽培されています。
じゃがいもの栄養を簡単にいうと
じゃがいもの栄養
- 「大地のりんご」という別名を持ち、ビタミンCはりんごの5倍。
- (ビタミンCがでんぷんに包まれているため、水に流れ出る量が少なく、このビタミンCのおかげで、鉄分も吸収されやすくなる!)
- 生命維持や活動に欠かせないエネルギー源である炭水化物が豊富。(カロリーは白米より低い。)
- 食物繊維ペクチンが豊富。
- 摂り過ぎた塩分を排出する役割のカリウムが豊富。
- タンパク質も100gあたり1.6g含まれている
じゃがいもはお肌によくて、エネルギー源にもなって、腸も整って、塩分調節もできる!いろいろうれしい食べ物なんだね!
それに寒冷地でも栽培可能で、土の中にあるから鳥などに食い荒らされることもなく、生産性も高いんだ。
けっこう最強な食べ物じゃがいもですが、ふるさとはどこなのでしょうか?
じゃがいものふるさと~原産地ペルー~
じゃがいものふるさとはペルーにあるティティカカ湖周辺といわれています。
ここはアンデス山脈のほぼ中央部で標高3812mの高所に位置します。
原産地には色も形もさまざまな種があって、多様な味を楽しめるだけでなく、ひとつの種が病気にかかっても、他の種は無事になるという知恵の証でもあります。
ペルーには伝統的な「チューニョ」と呼ばれる乾燥イモがあります。
これは、10年はもつという保存食で、アンデスの厳しい気候を生かして作られてきました。
チューニョの作り方は、ペルーの気候があってこその食べ物。
ペルーの気温は6月では、夜間−5〜10℃まで下がり、日中は強い日差しで15℃位まで上がります。この寒暖差によって広げておいたじゃがいもは、凍って溶けるを繰り返し、水分がぬけやすくなるので、それを足で踏みつけて水分を出し、完全に乾かしたら完成。
この時水分と一緒にソラニンという毒の成分も出ていってしまうのが驚きです。
なかなか美味しいんだって!一度食べてみたいなぁ。
世界に広まったじゃがいも
ペルーにあったじゃがいもは、そのあとどうやって世界中に広がったの?
世界中に運ばれたじゃがいも
15〜17世紀の大航海時代。ポルトガルとスペインを皮切りに、ヨーロッパ人たちはアメリカ大陸やアジア、アフリカなど世界中へ大規模な航海を行いました。
当時ペルーではインカ帝国が栄えていましたが、1553年にスペインによって滅ぼされてしまいます。
このスペインの征服者たちがヨーロッパにじゃがいもを持ち帰ったことにより、じゃがいもは世界に広まることとなりました。
じゃがいもの世界への伝播経路は諸説ありますが、スペインに持ち帰られたじゃがいもがヨーロッパへ広がり、そこから植民地支配を通して広がっていったといえるでしょう。
この時期にじゃがいもは、日本にも伝わりました。インドネシアを植民地にしていたオランダ人が長崎に伝えたのがはじまりと言われており、インドネシアのジャカルタの名から「ジャカトライモ」と呼ばれたという話もあります。
ふたつのジャガイモ戦争
じゃがいもがもたらされた後の17~18世紀、ヨーロッパでは、戦争に次ぐ戦争が行われていました。
「ジャガイモ戦争」と呼ばれる戦争がふたつ起こったのです。
ひとつめは、1754~1763年に行われた「7年戦争」。
この戦争はオーストリアがシュレージエンという土地をプロイセンから奪還しようとした戦争。
スウェーデンもこの戦争に参加しましたが、帰還した兵士がじゃがいもをもたらしただけで、他に何も成果がなかったことから、スウェーデンでは「じゃがいも戦争」と呼ばれているそうです。
もうひとつは、一般的にはこちらが「じゃがいも戦争」と呼ばれている「バイエルン継承戦争」です。戦争といっても戦うというよりは、両国が相手国のじゃがいも畑を荒らすことに終始した戦争であったためそう呼ばれています。
今の感覚では、畑を荒らすってなんだかおもしろくきこえてしまうけれど、食糧調達が何よりも大事だった当時なので、本気の作戦だったのかもね。
ヨーロッパで多くの命を救った「貧者のパン」
じゃがいもややってきた頃の17〜18世紀。地球は小氷期と呼ばれる時期で、北半球が全体的に寒冷化した時期でもあったのです。
寒冷化により、作物は打撃を受け、ヨーロッパは何度も飢饉に見舞われました。
この危機的状況が、さらにじゃがいもの浸透を後押ししました。
もともとじゃがいもはヨーロッパ人のウケが悪く、積極的に植えてみようという人はあまりいなかったそうです。
しかし、当時は絶対王政の時代であり王様の命令は絶対であったので、王が主導してじゃがいもを奨励するなどの動きにより、背に腹はかえられなくなった農民たちがじゃがいもを植え始め、ヨーロッパ中に広まることとなります。
イギリスで産業革命がおこると、都市部に労働者が集まり、賃金に応じて食事の内容にも格差がうまれました。(食事の内容に格差があるのは、歴史を通じてあることですが・・)
例えば、賃金の高い労働者は肉を毎日食べられていたのに対して、稼ぎの少ない労働者は、チーズとパンとオートミールだけ、またアイルランド人に至ってはじゃがいものみということもあったようです。じゃがいもは「貧者のパン」と呼ばれていました。
今の感覚でいうと、毎日毎日じゃがいもだけなんて・・と思うけど、あるだけマシだよね。
じゃがいもがこうして命をつないできたことは確かだ。
他にもロシアでは、常に飢えと隣り合わせの極寒のシベリアにじゃがいもが根付いてさまざまな人を助けました。
また、第二次世界大戦後に、焼け野原になったドイツでじゃがいもが植えられ、戦後の食糧難の貴重な食べ物にもなったのです。
じゃがいもは世界中でさまざまな場面で人びとを救ってきたんだね。
日本でもじゃがいもは「お助け芋」
日本のじゃがいも!といえば北海道ですが、日本に最初にじゃがいもが植えられたのは長崎県なのです。
当初は温暖な長崎の気候にあわず、試行錯誤の末に根付くことができました。
長崎奉行の記録によると、天保の大飢饉(1833~1836年)の際に、ジャガイモのお陰で餓死を免れた人も多かったため「御助薯」(お助け芋)と呼ばれたそうです。
同じく岐阜県でも幸田善太夫という人物が飛騨地方にじゃがいもを広めたおかげで、天保の大飢饉の際に役立ったため、「善太芋」「お助け芋」と呼ばれたとか。
ヒーローにも弱点があった~じゃがいも飢饉~
以上のように多くの人の命を繋いできたじゃがいもだけど、アンパンマンも顔がぬれたら力がでない・・・のと同じようにスーパーお助けヒーローじゃがいもにも弱点があったんだよ。
それは、じゃがいも疫病でした。
このじゃがいも疫病は、1845~49年にヨーロッパのベルギー、オランダ、そしてとくにアイルランドで猛威を振るい、大飢饉を巻き起こしました。
有名な「アイルランドじゃがいも飢饉」です。
じゃがいもは16世紀末にアイルランドに上陸します。
アイルランドの人々は農地の3分の2に小麦を植え、残りの3分の1にじゃがいもを植えました。
当時のアイルランドはイギリスの過酷な支配を受けていたので、小麦はイギリスに納められ、島の人々はじゃがいもで命を繋いでいました。ここでもお助けヒーローだったのですね。
そこに、じゃがいも疫病が上陸したのです。
アイルランドの人びとの命を繋いでいたじゃがいもは壊滅状態・・。
原産地アンデスのように、さまざまな種類のじゃがいもを植えていれば、助かる品種もあっただろうけど、ヨーロッパでは単一の品種が栽培されていたんだ。
アイルランド飢饉では、100万人が移民となりアメリカなどに渡り、150万人が飢餓または飢えによって身体が弱っているところに病気にかかり亡くなりました。
現代の世界とじゃがいも・消費量1位は・・・?
現代、じゃがいもの消費量1位はベラルーシだそうです。
年間1人あたり消費量は171kg。
世界平均が33kg、日本人は24kgであることからもその多さがわかります。
ベラルーシに次いで、ラトビアやポーランド、ウクライナ、リトアニア、ロシア、アイルランド、ポルトガルなどヨーロッパの国々での消費が多いのです。
ベラルーシは、北東にロシア、西にポーランド、南にウクライナという場所にある、旧ソ連の国だよ。
ベラルーシの国民食に、じゃがいもを使ったパンケーキ「ドラニキ」があるんだって。食べてみたいな。
じゃがいもの歴史まとめ
以上のことをまとめると
じゃがいもの歴史まとめ
- じゃがいもはペルーがふるさとで、ペルーにはいろとりどりのじゃがいもがある
- 大航海時代にインカ帝国を征服したスペインによって、じゃがいもが世界中に運ばれた
- じゃがいもはヨーロッパや日本でも貧困層や飢饉の際に生き延びるためのお助け食材だったが、それでも飢饉はおこった
- じゃがいもを世界一食べている国は、ベラルーシ
なんだか今日からじゃがいもを見る目が変わりそう!
参考文献
参考サイト
『日本いも類研究会』https://www.jrt.gr.jp/potatomini/potatomini_sekaijijo/
『オリーブオイルをひとまわし』https://www.olive-hitomawashi.com/column/2020/02/post-8169.html